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那覇地方裁判所 平成3年(ワ)134号 判決 1995年6月28日

原告

紙本恵太

右訴訟代理人弁護士

阿波根昌秀

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

石川公博

外九名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、七六八万一三五〇円及びこれに対する昭和六三年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、転根抵当権の実行により一括競売に付された土地、建物について、真実は右建物が右土地とは異なる土地上に存在しているのに、建物登記簿、現況調査報告書等の誤った記載から、右建物が右土地上に存在すると信じ、敷地利用権がない右建物を買い受けたことにより損害を被ったとして、誤った建物表示登記をした登記官及び誤った現況調査報告書を作成した執行官の各過失を主張して、国家賠償法一条に基づき、被告に対し、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  登記官は、登記申請に応じ登記簿に記載する登記行為等を行うものであり、国家賠償法一条一項にいう国の公権力の行使に当たる公務員である。

2  執行官は、民事執行法五七条に基づき、執行裁判所に命ぜられて競売物件の現況調査等を行うものであり、国家賠償法一条一項にいう国の公権力の行使に当たる公務員である。

3  仲宗根初子(以下「初子」という。)は、昭和五四年一月一九日、沖縄県国頭郡恩納村字仲泊に、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、同年二月六日、土地家屋調査士大城陽二郎を代理人として、那覇地方法務局石川出張所(以下「石川出張所」という。)に対し、右建物の表示登記を申請した(以下「本件申請」という。)。

4  本件申請に際し提出された申請書には、本件建物の所在地は、「恩納村字仲泊一三六二番地の一」と表示され、その添付書類である建物図面、各階平面図には、本件建物が右地番の土地上に位置する旨記載されていた。

5  石川出張所の登記官園田久(以下「園田登記官」という。)は、実地調査をしないまま、昭和五四年二月六日、本件建物が申請書記載の所在地に存在するものと認め、右申請書記載のとおり、本件建物の表示に関する登記をした。

6  ところが、実際は、本件建物は、右申請書記載の土地上には存在せず、その西側に隣接する別紙物件目録二記載の土地(以下「二二九番の土地」という。)及び同村字仲泊仲泊原二二八番の土地(以下「二二八番の土地」という。)上にまたがって存在していた(別紙現況実測照合図赤色斜線部分)。

7  右申請書記載の土地(ただし、正確には、「恩納村字仲泊ナギチョウ原一三六二番地の一」である。以下「分筆前の一三六二番一の土地」という。)は、昭和五七年八月二七日付けで、同村字仲泊ナギチョウ原一三六二番の一(以下「分筆後の一三六二番一の土地」という。)と別紙物件目録三記載の土地(以下「本件土地」という。)に分筆された。

8  合資会社ダイユウ商事は、初子所有の本件建物、二二九番の土地及び本件土地(以下、これらを併せて「本件各不動産」という。)について、昭和六〇年八月二一日付けで転根抵当権を設定していたところ、昭和六一年七月二三日、那覇地方裁判所名護支部(以下「執行裁判所」という。)に不動産競売を申し立て(昭和六一年(ケ)第五二号事件、以下「本件競売事件」という。)、同裁判所は、同月二四日、競売開始決定をした。

9  執行裁判所は、昭和六二年二月五日、那覇地方裁判所執行官當山武文(以下「當山執行官」という。)に対し、本件各不動産について、不動産の形状、占有関係その他の現況について調査を命じ、當山執行官は、右現況調査命令に基づき、現況調査報告書を作成し(甲四号証の一ないし一五、以下「本件現況調査報告書」という。)、昭和六三年五月一六日付けで執行裁判所に提出した。

10  本件現況調査報告書の執行官の意見欄によれば、「本件物件番号(3)宅地(本件土地)上に物件番号(1)居宅(本件建物)が建築されていて、物件番号(2)の土地(二二九番の土地)には、自生した灌木や雑草が繁茂し、現場は原野となっている。」との記載があり、また、同報告書に添付された建物配置見取図には、本件建物が本件土地上に存在するように表示されている。

更に、同報告書添付写真①及び②(甲四号証の一〇)には、本件建物及びその敷地部分が写っているが、その表示は、物件番号(1)(3)(本件建物及び本件土地)となっており、同添付写真③(甲四号証の一一)には、二二八番の土地の一部及びその付近が写っているが、その表示は物件番号(2)(二二九番の土地)となっている。

以上のとおり、本件現況調査報告書において、本件建物は、本件土地上に存在するとされ、また、二二九番の土地は、現況は原野(地上建物なし)と記載されていた。

11  また、執行裁判所によって本件各不動産の評価を命ぜられた不動産鑑定士である評価人前田喜幸(以下「評価人前田」という。)が昭和六二年四月八日付けで提出した評価書(乙一号証、以下「本件評価書」という。)によれば、本件建物の評価額(付属建物価格と法定地上権価格を加算したもの)は五九七万二〇〇〇円、二二九番の土地の評価額は一六万九〇〇〇円、本件土地の評価額(底地価格)は八九万八〇〇〇円とされている。

そして、右評価書によれば、本件建物の所在地は「恩納村字仲泊一三六二番地の一」と表示されていること、二二九番の土地の「現状」欄には、「同上(地目が畑であること)なるも、桑の木、雑木、茅等が自生繁茂している(休耕地)」と記載されていること、本件土地の地目は宅地と表示されていること、また、「評価額決定の理由」欄には、「物件(2)(二二九番の土地)は物件(3)の宅地(本件土地)に南西側に隣接する畑、物件(3)(本件土地)は物件(1)(本件建物)の敷地(宅地)である。」、「物件(2)(二二九番の土地)は都市計画外の農振地域外の農用地」、「物件(2)土地(二二九番の土地)は現況は桑の木、茅等が自生繁茂している休耕地である。」との各記載があり、右評価書においても、本件建物は、本件土地上に存し、二二九番の土地は、現況は原野とされていた。

12  しかしながら、前記のとおり、実際は、本件建物は、二二九番の土地と二二八番の土地の一部の上に存在し、本件土地上には存在しない上、本件土地は、傾斜角度四〇度の傾斜地である。このように、本件各不動産の現況は、本件現況調査報告書及び本件評価書と相違していた。

13  執行裁判所は、昭和六三年五月一七日、本件土地及び本件建物を一括競売に付すこととし、本件現況調査報告書及び本件評価書に基づき、最低売却価額を、本件建物につき五九七万二〇〇〇円、本件土地につき八九万八〇〇〇円、右の一括競売につき六八七万円、二二九番の土地につき一六万九〇〇〇円とそれぞれ定め、同年八月一日、本件土地及び本件建物を一括競売に付す旨記載した物件明細書を作成した。

14  そして、本件各不動産について、昭和六三年九月二六日、期日入札を実施したところ、原告が、本件土地及び本件建物について七八八万八八〇〇円の最高価額で買い受ける旨申し出たので、執行裁判所は、同年一〇月三一日、原告に対し、七八八万八八〇〇円で売却を許可する旨決定した(以下「本件買受け」という。)。

そこで、原告は、同年一一月二四日までに、執行裁判所に七八八万八八〇〇円全額を納付し、同月二八日、本件土地及び建物について、所有権移転登記を経由した。

なお、原告は、右入札に先立ち、本件現況調査報告書や評価書を含む本件競売事件の一件記録を閲覧し、かつ、沖縄県内の不動産業者と本件各不動産の所在地に赴き、現地を確認したが、現況調査報告書等の記載と現況とが食い違っていることに気付かなかった。

二  争点

1  原告の主張

(一) 登記官の過失

不動産の表示に関する登記については、登記官は、登記申請書類のみならず、必要があるときは登記に関する事項について実地調査をして、登記上の問題を審査する実質的審査主義が採られている。

本件登記手続を担当した園田登記官が実地調査をすれば、本件建物が、分筆前の一三六二番一の土地上には存在せず、その隣接地である二二九番の土地及び二二八番の土地上にまたがって存在することは容易に知り得たはずである。

しかるに、園田登記官は、実地調査をせず、書面審査のみで、本件申請書記載のとおり、本件建物が分筆前の一三六二番一の土地上に存在するものと誤信して、本件表示登記をしたものであり、右実地調査手続を怠った過失がある。

(二) 執行官の過失

執行官が作成する現況調査報告書は、競売に参加する一般人にとって、当該物件を買い受けるか否かを判断する重要な参考資料であり、執行官は、現地調査をする際も、現況調査報告書を作成する際も、過誤が発生しないようにする注意義務がある。

右注意義務の内容及び程度は、一般的には、執行制度の迅速性、経済事情の要請と、適切な売却価額決定のための基礎資料収集及び競売参加者への情報の提供という現況調査の目的を勘案し、具体的事案に即して決せられるべきであるが、特に、現況調査における競売物件の特定に関する事項のうち、競売物件の評価(最低売却価額の決定)に際し、その判断の重要な基準となるべき事項については、執行官は、可能な限りの調査を尽くすべきであり、この点に関しては、高度の注意義務があるといわなければならない。

そして、建物の売買に際し、建物につき敷地利用権が備わっているか否かは、建物の評価をするについて最も重要な事項であり、当該建物が、どの土地上に存在するかは、敷地利用権の有無に直結する事項であるので、執行官は、この点について、可能な限りの調査を尽くし、現況調査報告書に、これらの事項を特定して記載することが要求される。

本件において、當山執行官は、本件土地の所在する仲泊部落の区長や役員等から十分な聞き取り調査等をすることなく、建物登記簿謄本の記載のみを信じ、本件土地と本件建物の位置関係について誤った認識をし、これに基づいて誤った現況調査報告書を作成したものであって、右高度な注意義務に違反したものであり、過失がある。

また、仮に、競売不動産の特定について、右のような高度な注意義務ではなく、一般的な注意義務しか負わないとしても、當山執行官の行った調査は、一般的な注意義務に違反している。

即ち、當山執行官は、本件競売事件について、対象不動産の現地調査をした際、本件建物及びその付近の現況によれば、公図の正確性に疑問を差し挟むべき状況にあり、更に、仲泊部落の区長や役員からの聞き取りにより、公図上に存在している里道の位置を確認する等必要な調査をすれば、本件土地上に本件建物が存在しないことは容易に知り得たというべきところ、右調査を怠ったため、本件各不動産の特定を誤った現況調査報告書を作成したものであり、調査方法において、一般的な注意義務に違反しており、過失がある。

(三) 因果関係

原告は、本件現況調査報告書及び本件評価書の記載を信じ、本件建物が本件土地上に存在すると考えて本件土地及び本件建物を買い受けたものであり、本件建物が、二二八番及び二二九番の土地上に存在し、敷地利用権を伴わない物件であることや、本件土地が傾斜した原野であり、建物を建築することがほとんど不可能であることを知っていれば、右物件を買い受けることはなかった。

原告の右誤信は、直接には、當山執行官が作成した本件現況調査報告書の誤った記載に基づくものであり、また、右記載は、園田登記官の誤った本件表示登記に由来するものである。したがって、園田登記官及び當山執行官の各過失と、原告の後記損害との間には因果関係がある。

(四) 損害

原告は、本件競売により、敷地利用権のない本件建物及び傾斜状の原野である本件土地を買い受けたが、敷地利用権のない本件建物の価格は無価値であり、また、本件土地の価格は、二〇万七四五〇円以下である。

したがって、原告は、本件競売において出捐した七八八万八八〇〇円から右二〇万七四五〇円を差し引いた七六八万一三五〇円の損害を被った。

2  被告の主張

(一) 登記官の無過失

不動産の表示に関する登記の申請があった場合に、登記官が実地調査をするか否かの判断は、正確性と迅速性との兼ね合いを考慮して、担当登記官の合理的裁量に委ねられていると解すべきである。

本件申請は、土地家屋調査士大城陽二郎が代理人として行ったもので、申請書には、同調査士の作成した建物図面(本件建物の位置、方位、近隣の状況を調査したもの)、平面図(床面積を明らかにしたもの)及び実地調査図(建物の所在、地番、建築年月日、建物の構造、床面積、利用状況を明らかにしたもの)が添付され、その内容に格別疑義の存する点はなかった。

なお、当時の石川出張所は、三名の登記官を含む六名の登記従業職員により、年間五七〇〇件を超える不動産、商業、法人の各登記申請のほか、大量の閲覧申請、謄抄本交付申請等を処理していた。

また、仮に、実地調査を実施したとしても、本件建物の正確な所在地番を確認できなかった蓋然性が高い。

以上の事情からすれば、園田登記官が実地調査を省略して本件表示登記をしたとしても、過失は認められない。

(二) 執行官の無過失

現況調査報告書は、不動産の買受希望者に対する関係においては、執行裁判所が把握し得た不動産の現状及び不動産上の権利関係を公示し、買受けを希望するか否かを決定するための情報として提供するという機能を有しているのであるから、現況調査を行う執行官も、このような機能に応じて、第三者が買受けを希望するか否かを決定するために、調査事項の範囲内で必要な情報を収集し、提供する義務があることは否定できない。

しかしながら、不動産執行は、迅速性かつ経済性の要請があり、実体関係の解明のための調査に長期間かつ過大な費用をかけることは法の求めるところではなく、現況調査報告書には、不服申立て等の真実性の担保手段が予定されておらず、買受希望者が買い受けるか否かを決定するための参考に供する文書として扱われている。

したがって、執行官が行うべき現況調査の手段、方法、程度は、各事案ごとの現況把握の必要性の程度、入手可能な資料の範囲、各資料の信頼性等を総合考慮した上で、執行官の合理的な裁量により決せられるべきであり、執行官において、その裁量権を逸脱し又はこれを濫用した場合に限って、当該執行官の行為が違法となり、過失が認められると解すべきである。

本件において問題となっているのは、不動産と登記簿上の表示の同一性であるが、右は、民事執行規則二九条一項所定の調査項目にはなく、また、執行官が現地に赴いて容易に調査し得る性質のものでもないから、執行官に、本来的な調査義務はなく、また、一般的に登記簿の記載は信頼性があるというべきであるから、現況調査に当たった執行官としては、対象不動産の登記簿上の表示が正確でないことを疑うべき特段の事情がない限り、登記簿上の記載を信頼すれば足り、それ以上に近隣の住民からの聞き取り等の調査をする義務はないというべきである。

本件において、當山執行官は、本件各物件の現況を明らかにするために必要と思われる公図や建物図面等を入手すると共に、再三現地に赴いて、関係土地との境界や里道の有無を見分し、写真撮影をしたほか、これらの物件の所有者である初子や隣地居住者に、本件各物件の同一性及び位置関係について説明を求めており、その返答に照らし、公図等の図面と、現地の状況との不一致は認められないと判断したもので、本件競売事件の現況調査義務は尽くされているといえるのであり、過失は認められない。

(三) 過失相殺

仮に、園田登記官又は當山執行官に過失があったとしても、本件土地の位置を誤認したことについては、原告にも同様に過失が認められるのであるから、過失相殺されるべきである。

第三  争点に対する判断

一  登記官の過失の有無

1  一般に、不動産の権利に関する登記については、登記官が当事者の提出した申請書類に基づいて登記上の問題を審査する形式的審査主義が採られているが、不動産の表示に関する登記申請については、権利客体である不動産の物理的形状等を正確に登記簿に反映させるため、登記官は、登記申請書類のみならず、必要があるときは表示に関する事項につき、実地調査をして登記上の問題を審査する実質的審査主義が採られ、かつ、右表示に関する登記は登記官が職権ですることもできる職権主義が採られている。そして、調査結果と申請書の記載事項が符合しないときは、登記官は、申請を却下しなければならない。(以上不動産登記法四九条一〇号、五〇条、二五条の二)

一方、不動産の表示に関する登記の申請があった場合、いかなるときに実地調査をするかについては、「必要あるときは土地又は建物の表示に関する事項を調査することを得。」(同法五〇条一項)と規定するのみで、その内容については具体的に定めておらず、登記制度に対する社会一般の信頼性の確保と、迅速な処理の要請(不動産登記法施行細則四七条)を総合考慮の上、担当登記官の合理的な裁量に委ねられているものと解され、不動産の表示に関する登記の申請書の添付書類等により、不動産の現況を把握することができ、当該申請に係る登記事項が不動産の現況に照らして十分正確であると認められる場合には、登記官が、当該不動産の表示に関する事項について調査をする義務はないというべきである。

そして、不動産に関する登記事務の取扱いを定めた不動産登記事務取扱手続準則(昭和五二年九月三日法務省民三第四四七三号通達)は、登記官は、事情の許す限り積極的に不動産の実地調査を励行すべきこととし(同準則八七条)、特に不動産の表示に関する登記の申請があった場合には、原則として実地調査をすべきこととしながら(同八八条本文)、他方、申請書の添付書類又は公知の事実等により、申請に係る事項が相当と認められる場合には実地調査を省略できることとしている(同法八八条ただし書)が、右準則は、登記官の実地調査の必要性について、前記の趣旨を明らかにしたものということができる。

また、弁論の全趣旨によれば、本件登記申請当時、那覇地方法務局管内においては、土地建物実地調査処理要領(昭和四九年九月二一日那覇地方法務局長訓令四号)が定められており、同局管内の登記官は、建物の表示登記について、前記法令、準則及び右処理要領に従って処理していたことが認められる。

右処理要領四条によれば、一項において、実地調査は、事情の許す限り、積極的に実施しなければならないと定め、二項において、(1)土地家屋調査士を代理人とする登記の申請で、実地調査書の添付のないもの、又は添付があってもその記載等によっては、土地又は建物の位置及び物理的状況等を把握することが困難であるもの(一号)、(2)申請書又は添付書面の記載内容等について疑義があるもの(三号)、(3)建物の新築又は増築による表示に関する登記の申請で、建物の敷地が市町村の境界に接し、又はまたがっているとき、もしくは数個の登記所の管轄区域にまたがっているもの、所有者に疑義のあるとき、建物が特殊な構造を有するものであるもの(一二号)等に関する登記申請については、登記官は、実地調査を省略してはならないと規定しているが、右規定は、前記準則を更に具体化したものといえる。

即ち、処理要領は、右の例の場合には、登記と実体関係を一致させる必要性が特に高く、正確性を迅速性に優先させて実地調査を必要的なものとしたのであり、右処理要領四条二項の一ないし一四号に該当しない場合には、実地調査を行うか否かは、迅速性と正確性の二つの要請を考慮した上で、担当登記官の合理的な裁量に委ねることとしたものと解することができる。

したがって、申請書と添付書類の調査及び登記簿、地図等との対照の結果、登記と実体関係に不一致の疑いがある場合には、更に調査を行う必要があるが、添付書類等から登記申請の正確性が担保される場合に、実地調査が省略されたとしても、当該登記官の行為が、不動産登記法上直ちに違法となるものではない。

そして、不動産の表示に関する登記手続の円滑な実施に資し、もって不動産に係る国民の権利の明確化に寄与するという土地家屋調査士制度の趣旨及び土地家屋調査士の職責(土地家屋調査士法一条、二条)からすれば、土地家屋調査士の作成した建物図面等は、通常の場合、土地家屋調査士が、その職責上当該不動産の現況を、専門的知識に基づき、十分確認して正確に作成したものであると推認できるのであり、土地家屋調査士の作成した書類を添付して不動産の表示に関する登記が申請された場合には、書面の内容の正確性について疑いを抱くべき特段の具体的事情が存しない限り、登記官は、当該不動産について実地調査を省略してもよいものと考えられる。

2  これを本件登記申請についてみると、前記争いのない事実等、甲五号証の一及び弁論の全趣旨によれば、本件登記申請は、土地家屋調査士大城陽二郎が、初子の代理人として行ったものであること、右申請の際には、同調査士の作成した建物図面、各階平面図、実地調査書が添付されていたこと、右添付図面の記載により、本件建物の位置、物理的状況を一応把握することができ、その内容にも格別問題点はなかったこと、本件建物の敷地は、市町村の境界に接しておらず、数個の登記所の管轄区域にまたがっていないこと、本件建物の所有者に疑義はないこと、本件建物は特殊な構造を有していないこと、園田登記官は、右申請の際の添付書類の内容等に照らし、実地調査の必要性はないと判断して、実地調査を省略して本件表示登記をしたことが認められる。

右各事実に照らせば、本件登記申請は、前記処理要領上、実地調査を省略してはならない場合に該当せず、他に、具体的に、園田登記官が、本件建物の位置等について、右添付書面の記載内容の正確性に疑問を抱くべき事情もうかがわれないので、同人が実地調査等を行わずに本件表示登記をしたことについて過失があるとはいえず、他に、園田登記官の本件登記申請の処理手続に過失があることを推認させる事情はうかがわれない。

よって、原告の主張は採用できない。

二  執行官の過失の有無

不動産競売事件において、執行裁判所の補助機関としての執行官の行為により損害を被った者がある場合、執行裁判所自らその行為を是正すべき場合等特別の事情のある場合でない限り、その賠償を国に対して請求することはできないと解される。そして、執行官による現況調査報告書の誤りが執行官の過失に基づくもので、その違法が明白かつ重大な場合には、本来執行裁判所においてこれを是正すべきであるから、右にいう特別の事情があると解される余地がある。

そこで、まず、本件において、當山執行官に過失が認められるか否かについて検討する。

1  現況調査における執行官の責任

(一) 現況調査制度の趣旨

現況調査とは、不動産の売却準備のため、執行裁判所の命令に基づき、執行官が不動産の形状、占有関係その他不動産の現況を調査することをいい、旧法の賃貸借取調べの制度を大幅に拡張強化したものとして、民事執行法によって新設された制度である。

ところで、不動産競売事件において、不動産を適正に売却するためには、まず、売却手続の主体である執行裁判所が、不動産の占有関係等の現状及び不動産上の権利関係を正確に調査、把握し、これに基づいて適正妥当な売却条件を決定すると共に、一般の買受希望者が買受けを希望するか否かを決定するための情報として、執行裁判所が把握し得た不動産の現状及び不動産上の権利関係を十分に公示し、その上で、買受希望者による自由な買受申出価額の競争を通じて、適正な売却価額を決定しなければならない。

また、簡易迅速に買受人に売却不動産を引き渡すために、執行手続内の裁判として規定された引渡命令(同法八三条)の許否を判断するためには、手続開始直後における不動産の占有関係等を手続の初期の段階であらかじめ正確に調査しておく必要がある。

現況調査は、右のような手続上の必要性に基づいて、執行裁判所が、現況調査命令を発することにより、目的不動産の現状及び権利関係の把握のために必要な基礎資料を、執行裁判所の補助機関としての執行官に収集させるものである。

そして、その結果は、現況調査報告書として執行裁判所に提出され(民事執行規則二九条一項)、その写しが裁判所に備え置かれて(同規則三一条二項)、一般の閲覧に供され、評価人の評価に基づく最低売却価額の決定(同法五八条、六〇条)及び執行裁判所による物件明細書の作成、備置(同法六二条)と相まって、不動産の現況、権利関係に関する情報を一般に提供することに資することとなる。

このように、現況調査には、(1)売却条件を確定し、その結果を物件明細書に記載して公示、公開するための基礎資料を、執行裁判所に提供すること、(2)執行裁判所に、引渡命令の発付の可否についての判断資料を提供すること、(3)現況調査の結果を報告書に記載して公開し、買受希望者にその判断資料を提供することにより、一般人が自由に競売手続に参加できるようにすることといった目的がある。

(二) 現況調査の調査事項

現況調査において執行官が調査すべき事項は、不動産の形状、占有関係その他の現況であり(同法五七条一項)、具体的には、同規則二九条一項により、以下のとおり、現況調査報告書の記載事項が定められている。

(1) 調査の目的物が土地であるとき(同項四号)

① 土地の形状及び現況地目

② 占有者の表示及び占有の状況

③ 占有者が債務者以外の者であるときは、その者の占有の開始時期、権原の有無及び権原の内容の細目についての関係人の陳述又は関係人の提示に係る文書の要旨及び執行官の意見

④ 土地に建物が存するときは、その建物の種類、構造、床面積の概略及び所有者の表示

(2) 調査の目的物が建物であるとき(同項五号)

① 建物の種類、構造及び床面積の概略

② 占有者の表示及び占有の状況

③ 占有者が債務者以外の者であるときは、その者の占有の開始時期、権原の有無及び権原の内容の細目についての関係人の陳述又は関係人の提示に係る文書の要旨及び執行官の意見

④ 敷地の所有者の表示

⑤ 敷地の所有者が債務者以外の者であるときは、債務者の敷地に対する占有の権原の有無及び権原の内容の細目についての関係人の陳述又は関係人の提示に係る文書の要旨及び執行官の意見

(3) そして、現況調査報告書には、調査の目的物である土地又は建物の見取図及び写真を添付しなければならないとされている(同規則二九条二項)。

したがって、執行官は、右に掲げる記載事項については、調査を尽くすべき義務があるといわなければならない。

(三) 現況調査における執行官の調査権限

現行法は、執行官が、不動産の現況調査を行う際に、不動産の形状、占有関係その他の現況を正確に把握するため、不動産への立入調査権、関係人に対する質問権、関係文書の提示要求権を認めている(同法五七条二項、三項)。以上のほかに、執行官は、相手方の承諾を得て、必要な範囲で任意調査をすることができる。

(四) 現況調査の際の執行官の注意義務の程度

ところで、執行官が、現況調査を実施する際、どの程度の注意義務を負うかということについては、特に法令に定めはない。

前記のとおり、民事執行法における現況調査は、競売不動産の現況、権利関係を執行裁判所に把握させ、もって適正な価額での不動産の売却に資することを目的とするものであるが、それと共に、現況調査の結果である現況調査報告書の写しを、物件明細書、評価書の写しと共に一般の閲覧に供し、買受希望者の買受けの際の判断資料を提供することもその目的とされており、特に、民事執行法は、期間入札制度を設けるなどして広く一般人から買受希望者を募ることを予定していること等を考慮すれば、現況調査を行う執行官は、現地に赴いて、その状況を見分することはもとより、必要に応じ、公図その他各種図面を入手して現地と照合し、債務者(所有者)、債権者及び隣地所有者らに質問するなどして、可能な限り正確に競売不動産の現状等を把握するよう努めるべき義務があるといわなければならない。

そして、現況調査に当たる執行官は、前記のとおり、競売不動産の現状、権利関係を正確に調査し、執行裁判所に報告する義務があるが、その前提として、買受人が、競売対象不動産を他の不動産と誤認することのないよう特定する注意義務があるというべきである。

一方、執行裁判所は、通常の売主とは異なり、本来的に執行対象物件について正確な知識を有しているわけではなく、また、調査の際に、当事者及び第三者の協力が得られないことが少なくない。加えて、執行官は、裁判所に大量に係属している競売事件を迅速に処理することが要請されていること、現況調査費用は、執行費用として債権者の負担となることからすれば、迅速性、経済性の点から、調査方法、程度に一定の制約が課せられることもやむを得ない。

また、競売物件の特定は、本来、申立債権者の責任においてすべきことが予定されており(民事執行規則二一条三号、一七〇条三号)、競売不動産の所在場所や実測地積が不明確な場合につき執行官において常にこれを明らかにする必要はなく、場合によっては、物件の特定が不能あるいは不明である旨の報告も許されると解される。

以上から、執行官は、現況調査において、対象物件の所在、範囲について、できる限り正確に特定する職務上の注意義務があるというべきであるが、その義務の程度は、適正な売却価額決定のための基礎資料の収集及び買受希望者への情報提供という現況調査の目的と、競売事件の迅速性及び経済性の要請等を考慮し、具体的事案に応じ執行官が合理的に判断すべきものであるといえる。

そして、執行官の現況調査における権限を前提として、当該物件の価額や利用形態等に鑑み、社会的に相当とされる調査が行われていれば、仮に、現況調査に誤りがあったとしても、それをもって直ちに過失があるとするのは相当ではない。しかし、執行官が、合理的な裁量に著しく反して、当該事案について当然に期待される調査を怠ったため、誤った調査報告書を作成した結果、買受希望者に誤った情報を提供し、買受希望者自身の調査に悪影響を与えるなどして判断を誤らせ、損害を生じさせた場合は、現況調査に過失があるといわなければならない。

ところで、原告は、執行官は、競売対象物件の特定に関する事項のうち、競売物件の評価(最低競売価額の決定)の判断の主要な基準となる事項については高度の注意義務を負うのであり、例えば、建物とその敷地の特定は、敷地利用権の有無に直結し、最低売却価額の決定に大きな影響を与える極めて重要な事項であるから、右事項については高度の注意義務が要求されると主張する。

確かに、建物と敷地の特定といった敷地利用権の有無に関する重要事項については、買受希望者が右建物等を買い受けるか否かの決定に与える影響が大きいことは否定できない。しかし、その一面のみを強調して、執行官に徹底した調査を義務づけることは、前記のとおり、時間的、経済的制約を無視し、手続の遅滞を招いたり、債権者に過大な執行費用を負担させる結果となり、債権者及び債務者に不利益を与える恐れがある。また、執行官の現況調査が誤っていたことにより競落人に損害が生じることがあるとしても、競落人は、民法五六八条一項によって、債務者(所有者)に対し、債務者(所有者)が無資力の場合は配当を受けた債権者に対し、担保責任を追及することができること、競売対象不動産の特定は、本来競売申立債権者が行うべきものであり(民事執行法一八一条、同規則二一条三号)、それが不十分であるため、執行官が特定する必要性が生じていることをも併せ考えれば、執行官に右のような高度の注意義務を負わせることは相当ではない。

よって、原告の主張は採用できない。

2  以上のことを前提に、本件事案について、具体的に検討する。

(一) 前記争いのない事実等、甲一ないし三号証、四号証の一ないし一五、五号証の一、二、六号証、乙八号証、証人當山武文、同松田忠信、同浜元清記の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件各不動産の状況

① 本件各不動産の所在

本件各不動産は、南側を走る新国道五八号線(以下「新国道」という。)と、仲泊部落内を通過する北側を走る旧国道五八号線(以下「旧国道」という。)との間に挾まれた高台にあり、畑、原野、山林等の中に住宅が介在する地域である。

② 本件各不動産の位置関係

本件建物は、昭和五四年一月一九日に新築された鉄筋コンクリートブロック造スレート葺平家建で、二二九番の土地及び二二八番の土地にまたがって建てられている。そして、昭和六一年七月ころに鉄骨アルミ造瓦葺一部スレート葺の居室部分約28.1平方メートルが増築され、床面積は右増築部分を合わせて約64.65平方メートルである。

本件土地は、傾斜状の原野であり、本件建物及び二二九番の土地の東側に隣接している。

③ 本件建物周辺の状況

本件建物の敷地と、その南側に隣接する恩納村字仲泊仲泊原二二二番の土地(以下「二二二番の土地」という。)との間には、擁壁が設けられ、約六〇センチメートルの段差があって、二二二番の土地の方が少し高くなっており、同土地上には、初子の弟仲宗根勝安が所有する建物(以下「南側建物」という。)が建っている。

そして、南側建物の南方から、新国道に向かって、幅約2.5メートルの通行路がある。なお、現在は、南側建物と通行路を挾んだ南方に、喜納保の所有する建物(家屋番号一三八五番一)が存在するが、本件現況調査が行われた昭和六三年ころは、同建物はまだ建築されていなかった。

本件建物の東側は、本件建物に沿って、コンクリートの犬走りが設置され、その更に東側が本件土地であり、雑木が生えた傾斜角度四〇度の急斜面となっている。

本件建物の北側は、本件建物の敷地より斜面状に低く下っており、本件建物の北東の角付近から下に降りる階段が付いており、階段の下の付近から仲泊部落に通じる里道が、二手に分かれ、東西に走っている。

本件建物西側は、雑草や灌木類が生い茂り、立入りも困難な状態である。

④ 里道の存在

恩納村字仲泊には、戦前から、仲泊部落と新国道の南方の畑とを結ぶ里道があり、右里道は、本件土地と二二九番の土地の間を通って、本件土地の北側付近(後に階段が取り付けられた部分)で二手に分かれ、いずれも仲泊部落に通じていた。

右里道は、長期間部落住民らの通行に利用されていたが、新国道が開通した昭和五〇年ころから次第に利用されなくなり、昭和五四年ころ、里道の東側の高く盛り上がった部分が削られ、里道にまたがるような形で本件建物等が建築されたことにより、前記階段付近から南側建物付近までの里道は完全に消失することとなった。

昭和六三年ころは、仲泊部落から前記階段付近までの里道はなお存在し、南側建物の南側に通行路があるものの、前記のとおり、前記階段付近から南側建物付近までの里道が消失したため、同階段付近以南の里道がどこを通っていたのか判然としない状態であった。

なお、右里道は、別紙公図上は、本件土地の北側から、二二九番の土地と本件土地の境界を通り、南に延びる道として存在しているかのように表示されている。

(2) 本件現況調査の実施状況

當山執行官は、昭和六二年二月五日、執行裁判所から、本件各不動産について、現況調査を命ぜられた。

當山執行官は、右調査命令後、本件各不動産の評価を命ぜられた前田評価人から、同人が不動産の評価のため石川出張所で入手した本件各不動産に関する公図、建物図面(甲五号証の一)の各写しを入手し、それと裁判所備付けの住宅地図から、該当箇所の写しを作成した。

本件各不動産の所在地は、當山執行官の所属する那覇地方裁判所名護支部から約三〇キロメートルの遠隔地にあり、同人は、現況調査命令を受けてから二、三回現地に赴いたが、本件各不動産の所有者である初子が不在であったため、当初同人から事情を聴取することができなかった。

そして、當山執行官は、昭和六三年四月一九日、現地に赴いた際、はじめて初子と面会することができ、同人から、同人が本件建物の所有者であること、同人が現に居住していること、本件建物の敷地の地番は一三六二番三であること等を聴取した。しかし、初子は右調査に協力的ではなく、二二九番の土地については、同人からその所在等について、はっきりとした回答を得ることはできなかった。

そこで、當山執行官は、右初子からの聴取、公図及び建物図面等から、本件建物の敷地部分が本件土地であると考え、同土地、建物について、南側及び北側から一枚ずつ写真を撮影した。

そして、當山執行官は、右初子の説明と現地付近の状況を基に、本件土地と公図上その東側に位置する恩納村字仲泊ナギチョウ原一三六〇番の土地(以下「一三六〇番の土地」という。)との境界を調査したところ、本件建物の東側が、一三六〇番の土地の方向に下る急な斜面となっていたので、傾斜の始まる地点あたりを両土地の境界と認めた。

次に、本件土地と公図上その南側に接する分筆後の一三六二番一の土地との境界を調査したところ、本件建物と南側建物の間に擁壁が設けられ、約六〇センチメートルの段差になっていたので、その部分が両土地の境界であると認めた。

また、二二九番の土地と思われた本件建物の西側の土地は、一帯に雑草や灌木が繁茂していたため、立入りが困難であり、當山執行官において、公図上これに隣接する恩納村字仲泊仲泊原二二二番、同所二二六番、同所二二七番、同所二二八番の各土地との境界を、はっきり認めることはできなかった。

右調査中、當山執行官は、南側建物の居住者(氏名不詳)とも面談し、同人から、本件土地及び本件建物の所在並びに本件建物の所有者が初子であること等を聴取した。

そして、公図によれば、本件土地とその西側の二二九番の土地の間を通って里道が表示されていたことから、當山執行官は、本件建物付近に里道が存在しないか確認した。しかしながら、本件建物北側階段の下付近から仲泊部落に向けて存在する里道と、南側建物の南側から新国道に向けた通行路が認められたものの、本件建物西側は、雑草や灌木類が生い茂り、立入りも困難な状態であり、また、本件建物東側部分に設置されたコンクリート部分は、本件建物に出入りするために設置されたもので、道路としての機能はないことから、結局、本件建物付近に里道らしきものを認めることはできなかった。

そこで、當山執行官は、初子に対し、本件建物付近の里道の位置を尋ねたが、同人からは、長いこと使用していないとのことであり、明確な回答は得られなかった。また、當山執行官は、現地から帰る途中、七〇歳位の老人に里道の位置を確認したところ、同人は、里道は本件建物の西側を通っていた旨答えた。

結局、當山執行官は、本件建物付近の里道は、消滅したものと考え、建物図面の記載や、初子及び近隣住民からの聴取等の調査結果に照らして、本件建物は、ほぼ建物図面に表示された位置関係にあるものと認め、本件土地は、本件建物の敷地部分に当たり、二二九番の土地は、本件建物の西側に位置する雑草や灌木類が生い茂った土地であると認定した。

そして、當山執行官は、本件各不動産の現況、占有の状況及び権利関係等を、現況調査報告書記載のとおり認め、同報告書を作成し、右調査に使用した公図写し、住宅地図に基づいて作成した位置見取図(甲四号証の一二)、建物図面を参考にして作成した建物配置見取図(同号証の八)、建物間取図(同号証の九)及び現況写真三葉(同号証の一〇、一一)を添付して、同年五月一六日、執行裁判所に提出した。

(二) 前記争いのない事実等及び右認定事実を前提として、當山執行官の行った現況調査の過失の有無について検討する。

本件土地は、登記簿上、地目が宅地と表示され(甲三号証)、分筆前の一三六二番一の土地から分筆されたものであるところ、本件建物は、分筆前に建築されたもので、本件登記申請時に添付された建物図面には、本件建物が分筆前の一三六二番一の土地上に存在するように記載されており、家屋番号は一三六二番一の一となっていた。

そして、當山執行官は、本件現況調査において、本件各不動産の所有者である初子及び近隣の者一名から、本件土地及び本件建物の位置関係は、登記簿記載のとおりである旨聴取しており、本件現場の状況からみても、そのように解することに格別不自然な点は認められなかったことから、本件建物が本件土地上に存在すると認めたものである。

一般に、登記簿の記載や土地家屋調査士の作成した建物図面は、その性質上相当程度の信頼性を有すると考えられており、初子らの供述も登記簿及び建物図面の各記載と一致していたのであるから、本件建物が、本件土地上に存在すると認めたのは極めて自然であり、本件現場において右認定を疑わせるような状況が存しない限り、物件の特定について、それ以上調査を尽くす義務はないというべきである。

この点原告は、公図上、本件土地と二二九番の土地の間に里道が表示されており、仲泊部落の区長や役員らから聞き取り調査を行えば、里道の位置を確認することができたのであるから、それにより、本件建物が里道の西側に存在し、公図の記載のように里道の東側に位置していないことを容易に知り得た旨主張する。

しかしながら、當山執行官は、前記のとおり、仲泊部落から本件建物北側階段付近までの部分と、南側建物の南側に通行路として残る部分を除いて、同階段付近から南側建物付近にかけて、里道らしき形跡は全く残っておらず、現場の状況と公図及び建物図面等との間に矛盾はなかったので、本件土地と本件建物の位置関係に疑問を抱かなかったのであり、里道の位置について仲泊部落の区長や役員から聞き取り調査を行わなかった点に過失はないといわなければならない。

しかも、昭和五〇年ころに新国道が開通してからは、仲泊部落の住民は、ほとんど里道を使用していなかったのであり、仮に、當山執行官が、仲泊部落の区長や役員に里道の位置を聞いたとしても、区長や役員が、本件建物と里道との細かい位置関係まで正確に記憶し、供述したか疑問である。現に、証人浜元清記は、里道の中心線は、本件建物の東側に存在していたと証言しているものの(もっとも、同人は、戦後になってからは里道を利用しておらず、右供述の信用性はそれほど高いとはいえない。)、他方、現在の仲泊区の区長であり、字の評議員も務めた証人松田忠信は、里道の上に本件建物が一部西側にはみ出して存在していたと証言しており、右両名は、本件建物と里道の正確な位置関係について、異なる証言をしている。

以上からすれば、當山執行官が、仮に聞き取り調査を実施したとしても、里道と本件建物の位置関係を正確に把握することは困難であったといわざるを得ない。

當山執行官は、前記のとおり、本件現況調査において、公図及び建物図面等と現況とに不自然な点がないことを確認し、初子及び近隣の住民一人から、本件各不動産の位置関係が登記簿記載のとおりである旨を聴取した上で、本件建物付近に里道が存在するか否かを調査し、仲泊部落から、本件建物北側階段付近までの部分と、南側建物の南側に通行路として残る部分を除いて、同階段付近から、南側建物付近にかけて、里道らしき形跡は全く残っていなかったことを確認しており、更に、現地において、七〇歳位の老人から、本件建物の西側に里道が存在した旨聴取している。

以上からすれば、當山執行官は、本件土地と本件建物の位置関係について、社会的に相当な調査をしたものというべきであり、合理的な裁量に著しく反して当然に期待される調査を怠ったということはできない。

他に、當山執行官の本件現況調査に過失があることをうかがわせる事実は、認められない。

第四  結論

よって、その余の点を判断するまでもなく、本件請求は理由がないので、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官木村元昭 裁判官近藤宏子 裁判官村越一浩)

別紙物件目録

一 所在 沖縄県国頭郡恩納村字仲泊一三六二番地の一

家屋番号 一三六二番一の一

種類 居宅

構造 鉄筋コンクリートブロック造スレート葺平家建

床面積 36.55平方メートル

二 所在 沖縄県国頭郡恩納村字仲泊仲泊原

地番 二二九番

地目 畑

地積 八九平方メートル

三 所在 沖縄県国頭郡恩納村字仲泊ナギチョウ原

地番 一三六二番三

地目 宅地

地積 207.45平方メートル

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